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民営化という虚妄 東谷暁著

 

あぱしたぺ せんきょ
ぼんじん日記 民営化という虚妄
じいの部屋 『民営化という虚妄』
Coolog アメリカ VS チャイナ
岡田昇の研究室 郵政民営化について


 
民営化という虚妄―「国営=悪」の感情論が国を滅ぼす 民営化という虚妄―「国営=悪」の感情論が国を滅ぼす
東谷 暁 (2005/03)
祥伝社

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 確かにサブタイトルのごとく「国営=悪」ではない。しかし公務員が生産性・当事者意識と遠い所に存在する事もまた事実で、今後国営事業にもビジネス的手法・センスが必ず必要になると議論されるはず。
 その時に政府やマスコミの情報のみを鵜呑みにせず、一郵政事業、一小泉純一郎の動向を離れ自らの中に判断基準を持つために目を通しておくべき著書。

 国際的には大枠で、道路・郵便などのインフラに関わる部分は国家が責任を持って運営すると言うのがコンセンサスのようで、「国営」もしくは「民営化しても国営に戻している」例が多い。

 一方日本では民営化の成功例として宣伝される通信・鉄道は諸外国の例では成功・失敗半々か。

 時代的・主張的に「郵政民営化」議論のウエイトが多いが、広く国家事業の民営化とは、との切り口から豊富な事例を紹介し、又議論すべき点を明快にしていく本書は同様の議論をする際の基準点として貴重かも。
 (そう思うなら自分で買いなさい>自分^^;)

 道路公団民営化は「失敗」したことになっている。では、何が「失敗」だったのか。新聞などの報道から受ける印象は、新しい道路を作らせないようにするはずだったのが、できるようになってしまったという点に集中している。

 そもそも、マスコミの注目を集め、民営化推進委員会をリードした作家の猪瀬直樹氏の「原案」を読み直せば、新しい道路をいっさい作ってはまかりならないとは言っていないし、構造からいえば上下分離方式であり、しかも、株式公開など目指していなかったのだ。

 そもそも、戦前はどうだったのだろうか。日本の電力産業は1883年の東京電燈設立から始まっているが、やがて電力会社の乱立時代を迎えることになる。日露戦争直前の1903年末には、実に六十余社が激しい競争を繰り広げていた。

 1932年、カルテル組織である電力連盟が結成され、いちおう「電力戦」は終焉するが、電力会社の都合で生まれた側面が強いため、どうしても供給側の存立基盤が強調されていたことは否めなかった。興味深いのは、1928年、この年に東邦電力の社長となる松永安左エ門が「電力統制私見」という論文を発表していることだろう。

 なかには、分割をしても地域独占を認めてしまえば、独占の弊害が生まれるのではないかと考える人がいるに違いない。これは当然の疑問で、実はいまも解決したわけではない。ここでは市場原理が貫徹することはなく、ほどほどの市場と、ほどほどの規制が見られる。では、どのような仕組みが独占の弊害を阻止するのだろうか。

 小泉純一郎政権は現在、経済政策の目玉として、道路公団や郵政公社の民営化議論を着々と進めている。しかし、ここに潜む新しい独占の誕生という巨大なリスクにあまりにも無頓着過ぎる。

 国鉄の民営化のさいも、地域分割するか否か、インフラ部門とオペレーション部門を上下分割するか否かが論じられた。道路公団民営化の批判派が、市域分割には賛成しながら上下分離には批判的だったのは、国鉄は上下分離せずに民営化したからだ。
 しかし、道路の民営化と国鉄の民営化は似て非なるものだと指摘したのは、ほかならぬ国鉄民営化に携わった経験のあるJR東海社長・葛西敬之氏だった。

 すでに見てきたように、日本の「民営化」は試行錯誤と苦闘を続けてきた。では、マスコミや経済学者が称賛する、諸外国の民営化の「成功例」はどうなのだろうか。日本の民営化だけが稚劣で、海外の民営化はみな完璧だったのだろうか。そんなことは、常識で考えても、ありえないだろう。

 おそらくは、実態が明らかになるにつれ、小泉政権やその尻馬に乗っていたマスコミが描いていた「民営化」とは、そもそも発想からして異なっていることが分かってきたからだろう。小泉流の「まず民営化ありき」は、多くの苦い経験をへた諸外国の経験に照らせば、いまではただの狂信的イデオロギーか、未経験ゆえの愚行とみられてもしかたがない。

 当時、日本の国家公務員数はどのくらいだったのだろうか。94年度末の国家公務員数は116万3947人。対して人口は、1億2503万4000人だから、国民1000人に対して国家公務員の数は9.3人。つまり、日本の国家公務員は改革以前に、すでにニュージーランド並みだったのだ。

 このころ日本でニュージーランドについて書かれたものには、行政改革、規制緩和、民営化の先進国として称賛したものが多かったが、ニュージーランド国民の多くは、あまりに極端なサービスの低下に不満を募らせていた。

 もうひとつ、典型的な民営化の失敗例がブリティッシュ鉄道の民営化だった。

 これまで政府や公的部門が行ってきた事業が、民営化されて市場に組み込まれれば、もっと効率がよい公正な取引が行われるとする新自由主義は、国家や公的セクターの介入を最小限にとどめるべきだとする新保守主義と結託して、80年代から90年代の支配的思想となった。

 日本では、いまだに改革といえば、効率の悪いお役人仕事を続ける組織を懲らしめ、業務を民間企業に開放して、日本国内がハッピーになることだと思い込んでいる。実は、そう単純ではないのだ。
 業務を民間企業に開放するということは、いまでは自動的に世界の企業にも開放するということを意味する。
 そのことで、日本人と日本企業がハッピーになれるかは、何の保証もない。

 まず、道路四公団の民営化も、いったい何を目指した改革だったのか分からないままに終わってしまった。借金を返すのが目的だったのか、新しい組織にして無駄遣いをチェックするのが目的だったのか、いまも明らかでない。

 本書で述べたいことは、きわめて単純な事だ。あまりにも矛盾が多い小泉政権による郵政民営化は禍根を残す。いまなら郵政民営化中止で困る人間も企業もほとんど存在しない。困るのは小泉首相と民営化を商売にしてきた経済マスコミだけだろう。また、世界の情勢を判断する限り、たとえ郵政民営化をやめても日本の未来が閉ざされるわけでもない。



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コメント


>民営化という虚妄 東谷暁著

あぱしたぺ、にコメントありがとうございます。
もっと、本質が見極められる、そんな選挙、政治であってほしいです。
周りの雰囲気、報道でお祭りのようなものには疑問があります。
あまり頭がよくないので、うまく伝えられなくてすみません。

>民営化という虚妄 東谷暁著

>ぴなちんさん
 コメントありがとうございます。難しい上にナイーブな議論になりがちなので取り上げにくいトピックですよね^^;

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